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建築後記 / WARE HOUSE
01
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建築後記 / WARE HOUSE
PUBLISHED ON
1 MAY 2022
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FIELD WORK  A

私的財産 前編

今から6年前、JR飯田線駒ヶ根市駅近くのかつて私達のクライアントがクリーニング店兼住居として使われていた建物を譲って頂いた。初めて内覧した当時の印象を敢えてオブラートに包まず表現すると「疲弊した建物」だと感じた。まさか自分がここに暮らす事になるとは思っていなかった。アイロンの蒸気によって剥がれた壁紙や、絶えず進化していく洗濯設備を取り入れる度張り巡らされた剥き出しの配管は、前所有者である宮澤さんの一筋の人生そのものを物語っていた。家を建てる為の貯蓄を60歳になるまで続け、スパッと店を畳んだ背景をよく聞いていたのも相俟って「お前は走り続けられるのか?」と問われているような気持ちになりひどくプレッシャーに感じたのを覚えている。常々思うのは、改修し易い建物とは公共施設のようなシンプルで骨格が整っている建物だと考えている。同種の窓が均等に配置されていると尚の事良い。残念ながらこの条件は宮澤ランドリーには合致していないように思えたが、内覧途中2階住居でお茶をしたほんの一時で自分が多くの事柄が見えてなかっただけという事に気付く。2階の大きな掃出し窓から初春の風が吹き込み外を眺めると、この建物が高架上に建っているような錯覚を覚える電車線が目の前に広がっていた。「昔からこの景色は変わらない」と宮澤さんは何でもなさそうに仰ったが、JRに余程の事が無い限り目の前に構造物は建設されず、抜ける風と景色が確保されるのは非常に好ましい事だ。それから、日々忙しく仕事をしている傍ら遠くの花火を窓越しに楽しんだ話や、深夜と気が付かず働きふと夜の線路と街頭を見て頑張ろうと思った話を聞いた時、自分の中でこの建物が疲れていると感じた印象が変わっていく。よく部屋を見れば、宮澤さんが結婚してから使用しているL型のキッチンはコンロからビルトインオーブンまで手入れが行き届いていて、部屋の隅の元押入れにピタリと冷蔵庫が納まっていてキッチンにあるべき物の存在を忘れていた。整理整頓が得意な奥さんが辿り着いた間取りの最適解で、自然と雑多なものに目が行かないよう配慮されていた。建物の良さは暮らす人も重要な要素だという事をようやく場に慣れた時に気付かせてもらった。結局のところ、前述のようなロジックのみで善し悪しを判断するよりも、誰から譲り受けるのかはとても大事な点だと思う。常日頃取り扱っているビンテージ家具に近い感覚で、大事に使われていた物は形容しがたい魅力が宿り、発見出来た気付きこそが価値があると、あくまで個人的に思う。