ISSUE003 / tutui(高森町)

扉のむこう、香りの物語。高森町・tutuiの場合

Published on 4.1.2017

茶色の木戸を開けて、そっと店内へ足を踏み入れる。 もうその瞬間から、やわらかく甘い香りに包まれていた。 雨上がりの朝、「tutui」を訪れたときのこと。

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中央のテーブルに並べられた焼き菓子をゆっくりと見てまわるあいだも、 その香りは鼻をくすぐる。

ていねいに創られた菓子を選ぶ、迷いの時間は甘く、 いつでも私たちを笑顔にさせるけれど、 そこに、いま産まれようとする焼き菓子が放つとびきりの香りがあるなんて、 嬉しくてつい、いつまでも迷い続けてしまいそうになる。

フランス郊外で、そしてパリで菓子作りを学んだ石倉清香さんが、 彼の地でもっとも惹かれたものこそ、この「香り」だった。

はじめて知った発酵バターの芳醇な香り、オーブンからふわり、ただよってくる焼き菓子の香り。「衝撃を受けました」と、清香さんは振り返る。

そしてじつは、香りに深く関わる工程、焼き加減の見極めこそ焼き菓子の本懐、もっともむずかしい部分だ。蕎麦や抹茶など、繊細な香りをもつ素材を扱うときは、温度は低めにじっくりと。逆に層をはっきりと出したい菓子なら、高温で。
「火を止めたあとの余熱にすら仕上がりを大きく左右されるため、『引き際』の見極めも大切です」
そうした駆け引きが成功してはじめて、あの香りがうまれるのだ。改めて、彼女が向き合う焼き菓子の世界の繊細さ、奥深さを思う。

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それでも、 「自分がパティシエールだというつもりはありません。そこまで厳密にやっているという気持ちはないです。ただ、この発酵バターの香り、そして土地にある素材を生かせるようなお菓子づくりができれば」 そんな風に控えめに彼女は話す。 彼女は控えめにそう話すけれど、じつはそれこそ私たちがtutuiの菓子を求めて足を運ぶ、大切な理由のひとつではないだろうか。

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金融家(お金持ち)の意味をもつフィナンシェ、ザクザク砂のような食感から名がついたというサブレ、ロレーヌ地方生まれが有力?なマドレーヌ、ブルターニュの特産、塩が決め手のガレットブルトンヌなど、など。菓子の数だけ逸話がある、フランスの焼き菓子の長き歴史や伝統のうえに、この伊那谷で生まれた彼女自身の歩みを重ねて、tutuiの菓子はある。

彼女が取り入れる四季の実りは、この場所に暮らす私たちが同じように感じる四季でもあってーーー。比べるわけではないけれど、山もない、果樹園もない都市の洋菓子店でこんな体験、できるだろうか?(やっぱりちょっと、自慢したくなってしまう。)

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私生活では、2014年に一児の母となった清香さん。
移ろう季節を見事に菓子に映してきた彼女のこと、きっとこれから彼女自身の変化も、tutuiの表情となっていくだろう。

「自分のなかの基準、でしかないですけれど」
じっくり言葉を選び、ひと呼吸おいて彼女は話す。

「素材選びにはこれからも、自分なりの基準をもって選んでいきたいです。そして、お菓子がすごく特別なものではなく、補助食のような存在で気軽に、安心して食べてもらえるようになるといいと思っています」

次にこの茶色の木戸を開けたら、いったいどんな香り、どんな物語が私たちを迎えてくれるのだろう?

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焼き菓子と小さなカフェ tutui
住所 〒399-3101 長野県下伊那郡高森町山吹4088-9
電話 0265-34-3421
営業時間 10:00-18:00
営業日 日、月、火曜日
※情報は2017年1月現在のものです

written 玉木美企子・Photo 佐々木健太