ISSUE006 / Ph.D.(東御市)

Ph.D.氏の休日

Published on 6.2.2017

天気予報を裏切り、よく晴れた秋の日。
東御市の中心部から少し離れた丘を上ると、四角い箱のような建物が見えてきた。
小さなねぎ畑の向こうに街が見下ろせる、心地よいその場所に、
「Ph.D.」をオープンさせたばかりの荒井健次さんを訪ねた。
東信は寒いのかな?と、いつもより着込んで出かけたのに、拍子抜けするくらいのぽかぽか陽気。荒井さんは息子の莞くんとともに、私たちを出迎えてくれた。

phd_DM36657

phd_DM36313

上田市のヴィンテージ家具店・halutaの腕利きリペア職人として多くの顧客の信頼を集めてきた荒井健次さん。2016年、機が熟し4年勤めた古巣から独立し、いま「Ph.D.」として彼の新たな試みがじわじわと動き始めている。

その一つが、世界中のヴィンテージ家具に新たな輝きを与える、独自のリペア。
ファブリックや革などの端切れを継いで作る、荒井さんオリジナルの張り地をまとった椅子やソファは、すでに目にしたことがある人も多いかもしれない。

「感覚で」組み合わせていくという、パッチワークの張り地。色とりどり、模様もさまざまな布が身を寄せ合うことで、共鳴するようにまた違った表情が立ち上がってくる。家具そのものも、意匠の美しさや個性がさらに際立っていく。彼独自の、そんな表現は今、家具業界のみならずアパレルブランド等からも注目を集めている。

しかし、なぜ荒井さんは、彼自身を表現する作品のマテリアルの一つに、「端切れ」を選んだのだろう?
じつはそこにこそ、彼がリペア職人の道を選んだ理由にも通じる思いがあった。

phd_DM36356

「もともと、小さいころからモノを壊したり、作ったりすることは好きでした。高校卒業後は、工業系の学校に通っていたんです。でもやっぱり、こんなにモノがあふれている時代に新しいものを作るのはちょっと違うなという気持ちがまず、あって。だからリペアという仕事がすごく自分にはしっくりきて、続けてこられたんですよね。
 だったら張り地も、端切れっていうマスプロダクトからはみ出した存在を素材として生かすことが、むしろいいな、って。仕事としてのリペアはもちろん行いながら、自分では『アップサイクル※』と呼ばれる取り組みをやってみたいと思ったんです」

そう、Ph.D.はたんなるリペア工房ではなく、誰もが自由にものづくりに取り組めるオープンアトリエであり、彼の周りでアップサイクルの商品づくりに取り組む仲間の活動を紹介する場にもなっている。そして彼自身もまた、使用する張り地を、古布を再圧着して作った新たなアップサイクル素材でできないかと実験中だ。
さらに、あらゆるものの「修繕」に、多くの人が気軽に取り組むことができるよう、オランダのモデルを取り入れた「リペアカフェ」も計画中。
「家具なら僕が教えられるし、ちょっとしたラジオの故障とか、かばんの修理とか、得意なひとに先生になってもらってみんなでわいわいやりたい。無駄に捨てなくてすむし、きっと直すまえよりもそのモノに愛着が湧きますよね」

※アップサイクル:たんなる廃品の再利用(リサイクル)を超え、元の価値を超える存在を生み出そうとするムーブメント。スイス・チューリッヒを拠点とするバックメーカー「FREITAG」をはじめ、世界各地でさまざまな取り組みが行われ、注目を集めている

phd_03

と、ここでスツールの上に置かれたカラフルな一冊の本が目に留まった。
「Yellow Submarine」。1968年に制作された、ビートルズの楽曲をモチーフにしたこのアニメーション作品がもとになった絵本だ。

「じつはこの映画が、僕の原点みたいな作品で。Ph.D.はそのなかの登場人物なんです」。
本を手に、荒井さんはうれしそうにこのサイケデリックで不思議な物語の魅力を話してくれた。

「こういう、ヒッピー的な世界観とか考えがずっと、好きなんです。カウンター的な表現もありつつ、創造性もあってという感じが」
なるほど、日ごと拡大し続ける大量生産の時代は、大量廃棄の時代でもあって、リペアやアップサイクルはその大きな潮流へのカウンター的ムーブメントと受け取ることができる。

そして、Ph.D.氏。異質だらけなペパーランドのなかでも、極めて異質な存在、ジェレミー・ヒラリー・ブーブ・“Ph.D.”。
物理学者で古典学者で植物学者。風刺家(satirist)でピアニストで、デンティスト?
何者でもあり、何者でもない彼は、ビートルズとともに旅をし、彼にしかできない方法で世界を平和的解決に導いていくキーパーソンだ。

「僕がやりたいのは、ぶつかって全否定、というカウンターではなくて、現状を受け入れつつ、でもそれだけじゃないよね、という思いを共有するようなもので……。インターネットが発達したことで、その感覚が本当に瞬時に、世界中の人と共有できるようになった気がするんです。10年前だったら、ここ東御市が拠点では難しかったかもしれないことが、ここからでも十分に発信し、共有できる。そんな感覚があります」

今ある流れをただ否定するのではなく、美しさをもって問いを投げかける場、それがここ「Ph.D.」であり、荒井さんのリペアなのだろう。
Ph.D.氏がブルーミーニーズのミサイルを花に変え、美しく覆いつくしていったように、彼もまた美しいリペアによって、アクションによって、まだまだ足早に行こうとするこの世界を端っこから変えていく。

「(自分の仕事を通じて)、ちょっといい世界になればいいなと、常に思ってます」
インタビューの最後、荒井さんはそう言いながら、照れたように笑った。
照れたようだったけれど、それはきっと、本当のことだ。

「じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」
古いレコードに針を落とすと、山からの風がタープをふわりと揺らしていった。

————————————————————
[Ph.D. フッド]atelier shop gallery for sustainable things
住所 〒389-0407 東御市羽毛山897-1 
電話 050-5309-2102
http://www.ph-d.jp

written 玉木美企子・Photo 佐々木健太