ISSUE012 / 犬飼眼鏡枠(松本市)

手が作るプロダクト―犬飼眼鏡枠/後編

Published on 6.9.2018

昼。犬飼さんと松本の街を歩いた。
晴れ渡った空の下、中町通りの白壁がいっそう輝いている。
「松本に帰らずに暮らす、という選択肢はなかったんですか?」
歩きながらふと、犬飼さんに尋ねてみた。

「うーん……なかったですね。鯖江へも、松本での独立を前提に行きました。だから、最初に訪ねたところでは断られたんですが(笑)」
犬飼さんの返答は早かったけれど、それは当然のことかもしれない。

お昼に訪れたカフェ「salon as salon(常連による愛称は、サロサロ)」。その1階にあるヘアサロン「群青」にはじつに20年以上、高校生のころから通い続けているという。店主・宮澤勇さんらとはこの建物で、鯖江での修行中も不定期に音楽イベントを開催していた仲だ。そして犬飼眼鏡枠としての独立後、最初の展示会をしたのも群青とサロサロで──。
「ここにいる人たちは、昔からの自分を知ってくれています」。犬飼さんは穏やかにそう話す。

気のおけない人々と、落ち着ける場所と、打ち込める仕事がある日常。それはシンプルで、過不足なく、どこまでも豊かだ。

故郷とは、どこか自分自身に似て、なにかと気恥ずかしかったり、受け入れ難かったりするものだと思い込んでいた。けれど、そんな小さな揺らぎを手放すことで安らぎを、もっと言えば幸福を、私たちは受け取ることができるのかもしれない。犬飼さんがそのお手本を、見せてくれているようにさえ思えてくる。

今、犬飼さんにとって松本は“ホーム”となり、また並み居る作家たちから心地よい刺激を受ける場所となった。先月は、作家としてはじめて「工芸の五月」に参加。さらに月末はクラフトフェアまつもとにと、慌ただしくも華やいだ初夏をすごした。

そんな日々のなかでふと、犬飼さんはサロサロを訪れるのだろう。もう何度となく腰を下ろしているカフェの椅子に身を沈めて、サンドイッチを食べたり、コーヒーを飲んだり、とりとめなく話したり。窓辺でゆっくりと移ろっていく日の光を、眺めたりするのだろう。

犬飼眼鏡枠の眼鏡づくり

ここで、本当に大まかにではあるが、犬飼さんのメガネ作りの工程を追ってみたい。

アセテート板を機械で削り出し、プレス機でカーブをつけたら、それぞれのパーツをヤスリで面を削り出し、キサゲ(刃物)で丸みを作る。そうしてパーツがあらかた完成したら、眼鏡の柄の部分(=うで)に芯を入れ、機械と手作業とで6段階の磨きをかけていく。磨きあがったパーツに金具を取り付け、ネジで留めれば完成だ。
ひと口に言ってしまったが、一ヶ月にできる眼鏡はおよそ20枚。繰り返しになるが、すべての工程を手がけているのは犬飼さん一人。いかに手をかけて生み出されているものか、お分りいただけるだろう。

「とくに『削り』と『磨き』にかける時間は大きいですね」と、犬飼さん。たしかに工場の中を見回しても、これに関する機械や道具が多い。突き詰めればきりがないが、こだわりすぎれば1枚にかかる時間が長くなり、そのぶんを価格に乗せざるを得なくなる。だから、完成形は自分で決める。「手作りだから、と価格を上げることはできるんですが、ずっと職人の世界にいたせいかあまり高すぎる値付けにも抵抗があって。今くらいの価格におさめたいし、おさめられるように仕事をするべきだよなと、そんな気持ちがあるんです」

眼鏡の柄(=うで)に金属製の芯を入れる工程に「芯貼り」という技法を用いているのも、犬飼眼鏡枠の大きな特徴の一つ。量産型の眼鏡の場合はほとんどが「シューティング」と呼ばれる、熱と圧力で芯を差し込む方法が用いられているが、芯貼りなら芯の形状の工夫で強度をあげることができるうえ、芯の形状そのものを変える遊びも可能だ。

工程にかかる時間と、価格帯のバランスを考慮し、自ら描いたデザイン。あくまでもその基本に忠実に、均一に。そして、手仕事だからこそできる細部の仕上げを大切に、形にしていく。工業と工芸のあわい。それが、犬飼さんの手が作るプロダクトだ。

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ショップとしての犬飼眼鏡枠

並んでいる姿は、少し小ぶりかな……とみえるのに、かけてみるとどんな顔型にもしっくりくる形がそろう、犬飼眼鏡枠のラインナップ。店頭に並んでいるはのセミオーダーのための基本形で、購入者の手に渡る際には顔の形や耳の高さなどに合わせ、必ず微調整が行われる。その他カラーカスタムや、一からのフルオーダーも可能だ。

「商品」となった眼鏡枠の前に立つ売り手としての犬飼さんは、職人の顔はあえて前に出さず、お客様とメガネとを同じ距離に置いて話しているように感じる。
「これ、ウェリントンタイプが好きな方にかけてほしくて」
「この色、じつはサングラスにも相性いいです」
「この色はかなり珍しいんですが、かけると意外と派手すぎなくて、気に入っていて」
眼鏡の作り手であり、さらに使い手でもある犬飼さんだからこその、接客という名の心地よい対話の時間。自分で使う道具を作る人の強みが、ここにも生きている。

随所に生けられた花たちは、開店前日に地域の産直市場で自ら仕入れてくる。そんな心遣いからだろう、メガネ業界には珍しく、女性顧客が多いという。

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メガネ作りだけじゃない、看板も、工場の机を作るのも、花を生けるさえことも、一つずつ、自らの手で作り上げ形作られた犬飼眼鏡枠という空間。
「本当は、いろんなことを人に頼めるようになれればいいんですけど」。犬飼さんはそう言って笑うけれど、だからこそここにしかない、特別な時間を過ごしに行きたくなる。

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〔犬飼眼鏡枠〕 
眼鏡フレーム製造・販売
松本市城西1丁目4-1
0263-55-4315
http://Inukai-opticalframe.com/

written 玉木美企子・Photo 佐々木健太
撮影協力/salon as salon(美味しいBLTサンドとコーヒーですごす格別の松本時間をありがとうございました!)